「ご自由にお持ちください」を見たことがあるだろうか。最近、意識して探してみると住宅地には意外とあることに気づいた。中身はおしゃれなお皿から無骨なトレーニング器具までまさに十人十色。気づいたら写真を撮るようになっていた。
観察を続けていて発見があった。よーく見ると元の持ち主や道具の「人生」がすけて見えてくる。今回は「ご自由にお持ちください」を愛でる話です。
きっかけ
ある日、個性的な「ご自由にお持ちください」を見つけた。
力強い手書きでシンプルな四文字。その武骨さ。一目見て気にいった。どんな人がどんな思いで書いたんだろう。気になる。突然、頭に光景が浮かんできた。これは、小さなアパートの部屋?
ワンルームのアパートに一人暮らし。仕事だけの日々で運動不足気味だ。なんとかしないと。つらつら考えながらドンキの店内を歩いていると足がとまった。目の前にあるのは「自宅で有酸素運動ができる歩行マシーン」。これだ。即座にレジへ。ウェルカム健康。新しい日常がやってきた。
しかし、無情にもその日がやってくる。引っ越しだ。荷物をまとめる。歩行マシーンは持っていけなかった。次の持ち主のかた、よろしくお願いします。そんな思いを込めて紙にしたためる。
「あげます」
ショートドラマを見たような心地よさ。もう一度この器具をながめる。使い込まれた汚れさえどこか誇らしげだ。
ちょっと観察するだけでこんなハートフルなものを見られるなんて。他の「ご自由にお持ちください」にはどんな物語が眠っているんだろう。見てみたい。こうして「ご自由にお持ちください」を探して散歩するようになっていた。
ということで、今回は個性豊かな「ご自由にお持ちください」を五つ紹介する。
始まる前に一つ断り書きを。
今回の記事は想像力の翼を存分に広げて書いている。もしかすると、これはちがうと思うところがあるかもしれない。でも、その考えも一つの正解だ。
では、一緒に想像していきましょう!
1. 子育てで身についたたくましさに舌を巻く
最初に紹介するのは、「子育て中の『ご自由にお持ちください』」だ。
かわいらしいキャラクターグッズに児童書。サンリオにディズニーにスヌーピー。世界の「kawaii」が町の一角で夢の競演をしているこの場所。まちがいない。子持ち一家の「ご自由にお持ちください」だ。
子育てというものは大変だ。不測の事態が次々起こり、生活の中心は子どもに。そんなことを考えていると発見した。これ、よく見ると子育てを通して身についたたくましさがにじみ出てきてる。順番に紹介していこう。
突然ですが問題。この品々の中に、一つ仲間はずれがあります。どれでしょう!
答えは――
茶色にオレンジ。色合いはリラックマと似てて完全になじんでる。でもバッグの文字をよーく見てほしい。「Gyomu Super = 業務スーパー」だ!
そう、このバッグだけは親が使った物だったのだ。子どもの世話をしながら買い物して食事の準備もする多忙な日々。そのときに強力な味方になったのが安くて量が多い業務スーパーだったのだ。ふむふむ、家計を守るたのもしい親の姿が見えてきたぞ。
他にないかな。ふたたびカラフルな品々を見渡してみる。ん? これはなんだろう。
もう一度全体の様子を見てほしい。
お風呂グッズが使われている! ぱっと見では気づかなかった。
使えるものならなんでもしっかり利用する。そう、子育てをとおしてたくましく成長した親の集大成がこの「ご自由にどうぞ」だったのだ。
最後に注目したのは右側の本だ。小学生向けのものがそろっている。きっと子どもはすくすく育ち、もう人形に興味を持たない年齢になったのだろう。長い間がんばっていたんだね。お疲れさま。子育てで身につけた強さがにじみ出る「ご自由にお持ちください」に心が温かくなった。
2. 日本が浮き沈みした時代を駆け抜ける
次に紹介するのは、持ち主の生きてきた時代が見えてくる「ご自由にお持ちください」だ。
中身は落ちついた顔ぶれだ。お皿やコップにメモ帳。年齢はちょっと高めかな。その中で気になるものを見つけた。右下に色鮮やかな何かがある。
目を凝らしてみよう。
あの "Get Wild" でおなじみのTM NETWORK。80~90年代に人気絶頂を迎えたアーティストだ。中身はCDか。どうやらこの箱には30~40年前の思い出が詰まっているみたい。
ところでCDの上にある「UDI」ってなんだろう。検索すると正体は「マクセルのテープ」だった。
どちらも音楽関係のアイテムだ。カセットテープが全盛期を迎え、日本が経済の頂点に立った80年代。CDと小室ミュージックが売れに売れた90年代。きっと持ち主もそういう音楽をたしなみながら社会人生活を送っていたんだろう。"Get wild" を聴きながら退勤する姿が目に浮かぶ。
きらびやかな時代を走り抜けた、そんな人生が見えてきた。
1時間後、もう一度通ってみた。
左の奥に気になるものを発見。こちらも人生が見えてくるやつだ。
投資の本か。パッと思いついたのは「バブル景気」だ。バブル期には投資が大流行したという。さっきの中身からして、持ち主がバブルの時代を走り抜けた人なのはたしかだ。勢いにのって稼げたのかな。
ところが、調べてみると真逆の事情が見えてきた。というのも、この本が発売されたのは2002年だったのだ。本の識別コード(ISBN)から調べたからまちがいない。
日本の成長と停滞を見守りながらも働き続けた90年代。2000年代にはそれなりの貯蓄ができた。稼いだ資産をさらに増やしたい。しかし世の中は不景気のまっさかり。でもなんとかしたい。そう思ってこの本を手に取ったのだろう。その姿勢はまさに "Get chance and luck" そのもの。たくましい。見習いたいぞ。
ここでは数十年にもまたがる長い期間を、時に楽しく時に堅実に走り抜けた姿を見ることができた。
3 & 4. 「ご自由にお持ちください」にも気品がにじむ
さて今度は、生きてきた年月がにじみ出る「ご自由にお持ちください」を二つ紹介しよう。こういう年のとりかたをしたい。
一つ目はこちら。
カラフルでおしゃれな模様が散りばめられた服たち。すぐに持ち主のイメージが浮かんだ。こだわりの服を着こなしアンティークな椅子に座るおしゃれなマダム。
二つ目はこちら。
こちらはお皿だ。全体的におちついた色合い。湯呑がセットで置いてあるので夫婦の可能性が高そう。
今までとちがい、どちらも中身に統一感があって落ち着きがある。いや、どこかまぶしい。気品というか、センスの高さよ。センスって年齢を重ねるだけでは身につかないものだ。どのような経験を重ねてこの境地にいたったんだろう。見ているだけで背筋が伸びる。
さて、次は文字を見てみよう。
「ご自由にお持ちください」ではなくあえて「着られるものはありませんか?」と話しかけるやさしさ。ここまでていねいに話しかけられたらつい手に取りたくなってしまうことまちがいなしだ。
「よろしければおもち下さい」も負けていない。こちらもやわらかい言葉だ。通りかかる人の気持ちを考えて、もし忙しくなくて興味があれば見てねと。その思いから生まれる言葉が「よろしければ」。
こんな気づかいのできる人になりたい。
さて、ここまでほめ続けていてあれだが、実は文字以上に感心したことがある。それがこちら。
通りかかる人の中には手ぶらで散歩している人もいるだろう。買い物帰りでカバンがいっぱいの人もいるだろう。袋が準備してあれば誰でも持っていくことができる。まさに至れり尽くせりだ。
年配の方の「ご自由にお持ちください」では、人生経験を重ねて身についた「気品」と「気づかい」がにじみ出ていた。そんなステキな大人になりたい。
5. ラジカセの哀歌(エレジー)
最後はちょっと方向性のちがうやつを紹介しよう。人間の人生でなく「ラジカセ」の人生が見える「ご自由にお持ちください」だ。
これを見つけたのは散歩じゃなくて通勤のときだった。いつもどおりの見なれた道を歩く。と、見慣れない異物が。がさりと段ボールが音をたてて日常はくずれ落ちた。
段ボールにジャストフィットしているラジカセと「差し上げます」の文字。さらに目を凝らすと謎の文字が目に入った。
こういうときは検索だ。すぐに発見。型番の正体はシャープのラジカセだった。
発売日は2017年。ラジカセの世界ではわりと新しめの製品だ。
なるほどそういうことか。頭に情景が浮かんできた。
私は、長い間この家で音を奏でているケンウッドのラジカセ。こんな日がずっと続くと思ってた。そう、あの日までは。
ある日、新しいラジカセが家にやってきた。当然私は不要に。ご主人の声が聞こえる。
「捨てるのは忍びないし必要な人に引きとってもらおうか。よっこいしょっと」
ふわりと浮きあがる感覚。紙と機械のにおい。状況を理解した。どうやら私は段ボールの中、しかもさっきまで新しいラジカセがいた箱に入れられてしまったらしい……。
ついさっきまで新顔がいた箱につめられた彼。どう感じたんだろう。悲しみだろうか。それとも長年の仕事を全うした達成感だろうか。できれば後者だといいな。
気になる。後ろ髪をひかれる思いで会社へ向かった。
その日は心なしか気もそぞろ。会社の棚にある段ボールが目に入るたびにラジカセが思い浮かぶ。昼の休憩時間に流れた音楽を聴いて彼のことが気になる。今、まだあの路上にいるのかな。
時間は平等だ。どんな状態でも定時はやってくる。すぐに会社を飛びだした。
急ぎ朝と同じ場所へ。そこで目に入ったのは――
ラジカセは誰かに引き取られていた。良かったよ。思わずひざをつきそうになる。新しい場所でもがんばれよ。心の中でエールを送った。彼の新しい人生に幸あれ!
終わりに
若者の勢い。子育ての大変さ。バブルとその後の停滞。そして年配の方の気づかい力。さらにはラジカセの人生まで広がった。「ご自由にお持ちください」からまさかここまで幅広いものを見られるとは。
もし街を歩いていて「ご自由にお持ちください」があれば、ぜひ足を止めてみてほしい。彼らが興味深い生きざまを見せてくれるはずだ。