ケータイが現れる前、待ち合わせはエンターテインメントだった。
会えるかなと期待と不安を抱いて駅に向かう。人の間をぬって、まちがい探しのように人を見て回る。
うまくいかないときに始まるのは、伝言板や公衆電話を使った空気読みゲームだ。
勝利条件は、相手と同じ場所に向かうこと。
あの楽しさを今の時代に落としこめないだろうか。そう思い、一つの企画を考えた。
「歌詞で集まる」会、始まります。
ルール説明
ルールは簡単だ。一人が「曲」を選び、その「歌詞」が示す場所で待ち合わせをする。
片手一つでどんな情報も手に入る今、あえて「しばり」を設けて待ち合わせをすると何が起こるのだろう。
参加するのはこの四人だ。
筆者。謎の石碑「國威宣揚(こくいせんよう)碑」を探して東京中を回ったことがある。
謎のコンビニ「ポートストア」を探してお台場中を回ったことがある。
「スパイが取引しそうな場所」を探して山手線中を回ったことがある。
お酒が好きで東京のおいしいお店に詳しい。
それぞれが東京を知りつくしたツワモノだ。
今回は一人一題で、合計4回の待ち合わせをすることとなる。
それでは、始めていきましょう!
いきなりのパリピ(1問目 - 出題)
さあ1問目だ。とりあえずアクセスのいいところに行こうと渋谷駅の構内を歩いていると、スマホの通知が企画の始まりを告げた。
最初の出題はカロ―サムさんだ。
一問目は、Soul'd outの「イルカ」です!
耳にイヤホンを入れぽちりと再生する。
夜のプールを舞台に、男女の駆け引きが軽やかなラップで刻まれていく。一言でいうと、「陽キャの世界」ってやつですね。
まずは、曲にでてくるキーワードを整理しよう。
この手がかりから想像するものはどこだろう。
壁際に移動して目を閉じる。
そのまま、5分が経過した。
そういえば、僕、教室のはしっこでライトノベルを読んでいる側の人間でした。
答えにたどりつくためには、自分が「そちら側」の人間の思考回路をなぞる必要がある。
ということで、陽キャになりきります。
投影開始(トレース オン)。
私はクラスの中心です。
ワイワイ騒ぐのが好きです。
よし、人格移植完了だ。
では、考えていこう。もしこの曲を聴いたら何を連想しますか。
今なら見える。
「イルカ」のいる水族館もありかと思ったが、そこじゃ騒げないので除外だ。
そしてワイワイ盛り上がるプールといえば、遊園地のようなアトラクションのついたプール!
これだ。
道は見えた。さっそくウォータースライダーのあるプールを調べてみよう。
検索結果を見て「うぇい!」と声が出た。
ウォータースライダーがあるプール、23区にあるのは一か所しかないという!
これは勝ちましたわ。いやー、意外と簡単だったな。
大きい歩幅で家を出た。さあ、プールに遊びに行こうぜ。
注:実際のところ、ウォータースライダーつきのプールは東京23区に4カ所以上あります。きっと慣れない世界を想像するのに必死だったのでしょう。
気づいたまちがい(1問目 - 移動)
電車に乗ること1時間、ようやく最寄り駅に着いた。
さて、目的地には誰がいるかな。
どんなことを話そう。
そんな期待が、乗車中の景色のように頭の中で流れていく。そうそう、これこそ待ち合わせの楽しさだよねと一人うなずいた。
うぇぃ? ずんずん進めていた歩幅が小さくなった。
プールにいる人たちの身長が、予想よりもはるかに小さい。
待ち合わせ相手は、誰もいなかった。
プールに着いてこんな悲しく感じることってあるんだ。
思い込みって怖い(1問目 - 回答)
通話をつないだ。答えの発表だ。
プールの手続きをしている子どもの列の近くで、小さくなって通話する大人がここに一人。
正解は、23区で唯一「夜」まで営業している水族館「アクアパーク品川」です!
ちなみにほかの人はというと、
アクアパーク品川でカロ―サムさんの横にいます!
入口にイルカのモニュメントがあるしながわ水族館にいます
萩中公園プールです……
僕以外の三人はプールでなく「イルカがいる場所」で探していたということか。
授業で順番に発表していると、だんだん自分の内容が主題から外れていることに気づき汗が止まらなくなるやつを久々にくらった。
そのやらかしで文化人類学の単位を落としたんだっけ……。
「プールは関係ないのか……」
思わずぽろっと負け惜しみが出た。
「アクアパーク品川には『ナイトプール』もありますよ~」
とカロ―サムさん。
完敗だ。
ただ、一つわかったことがある。
これ、思ったより楽しいぞ。
曲に対して存分に頭を働かせ、自分なりの答えを見つける。そのパズル感よ。
正解にたどり着けなかったときの「してやられた感」もそれはそれでたまらない。
よし、次のラウンドで見返してやろう。
かんぺきなロジック(2問目 - 出題)
気を取り直して、次は出題側だ。
2問目は「君をのせて」です!
「誰もが知っている曲」で落ち合えたらかっこいいよね。そう思っての選曲だ。
ここで、どう場所を当てるかのカラクリを紹介しよう。
歌詞を思い返してほしい。頭に残る言葉がないだろうか。
地球は回る
歌詞中で一番多く出てくるのがこのフレーズとなる。
つまり、作戦はこうだ。
「回る地球が見える場所」で集合しよう。
そして、東京のお台場には、ちょうどよく大きな「地球儀」があるのだ。
「日本科学未来館」にある「ジオコスモス」だ。
日本科学未来館といえば、大人も子どもも楽しめる東京都民にとって定番のスポットになっている。
僕にとっても思い出の場所だ。宇宙の広さを知ったのも、はじめて宇宙食を買ったのも、ウェンディーズなのかファーストキッチンなのか最初に混乱したのもここだった。
この完璧な理論、どうよ。
とはいったものの、通じなければ意味がない。
公園から駅に向かっていると、さっき大外ししたダメージがじわじわと襲ってきた。すり傷と同じで、時間差で痛みが気になってくるやつ。
(みんな同じ場所に来てくれるのかな)
(答え発表でなんだこいつって思われたらどうしよう)
マイナスな考えがウォータースライダーのように次々と流れてくる。
電車に乗りながら、だんだん視界が地面に向いていく。
まさかのたどりつけず(2問目 - 移動)
「集合場所に着きました!」
「もうすぐで到着です」
画面に続々と通知がきた。
僕は1問目の場所が東京のはしっこだったので、まだ移動中だ。
競歩の選手のような勢いでゆりかもめに乗りかえた。
よし、あとは座っていれば着くはず。
突然、ガタンと止まった。
「ただいま、お台場海浜公園駅で傘が挟まったため、送電を切って電車を見合わせています」
ああ、これは。
2題目で時間をかけすぎると、4人分の出題が終わらなくなってしまう。
続けるためには、現地に行くのをあきらめるしかない。
仕方なく、背中を丸めながら電車を降りた。
降りた場所は「竹芝駅」だった。
出口の先は、潮のにおいがした。視界が開ける。
あの先に、行きたかった場所がある。
空と海が、今だけは暗い群青色に見える。
感情のジェットコースター(2問目 - 回答)
今の心情と真逆な、落ちついた波を見つめながら通話をつなげる。
今竹芝ふ頭にいます……。正解は日本科学未来館です
レインボーブリッジにいます。おしい!
羽田空港の屋上で飲むビールウマい
日本科学未来館にいます!
……! 同じ人いたああああああ!
海に向かって叫んでしまった。
高速道路に入るためにアクセルを全力でふんだのと同じようなテンションの上がり方だった。
人に当ててもらうのって、こんなにココロオドルものだったのか。
もし実際に会えていたらどうなったんだろう。
夏休み田舎に帰っておじいちゃんと再会した小学生みたいなリアクションをしてしまうかも。
答えがわかるって気持ちいい(3問目 - 出題)
さて、この企画も折り返し地点だ。
次のお題は、エレファントカシマシの「It's my life」です!
動画はこちら
新しいタイプの曲がきた。
今までの曲と違い、「東京タワー」「首都高」と具体的な地名が出てくる。
地名をもとにどこを選ぶかがキーになるってことか。
腕を組みながら、とりあえず最寄り駅に向かう。手がかりを整理しよう。
- 首都高環状線
- 東京タワーがバックミラーに映っている
- カーブ
- 海まで一直線
「首都高」の「東京タワーよりも海側」にある場所で、「カーブの先に海」があるような場所か。
そんな都合のいい場所あるわけ……
目的地が決まった。「首都高環状線、東京タワー付近のカーブが終わったところ」に行こう。
これは、今度こそ勝ちましたわ。
勝利の散歩(3問目 - 移動)
余裕ができると視界が上向きになる。
今度は余裕を持って目的地の「芝園橋」に着いた。カーブが終わって海に一直線となる場所だ。
みんなが目的地に着くまで、お散歩しながら待っていよう。
みんな近い!(3問目 - 回答)
15分後にみんな到着した。
さあ審判の時間だ。
赤羽橋にいます。正解は「首都高環状線の下、芝公園駅〜赤羽橋駅周辺」です!
すぐ近くの芝園橋にいます。よっしゃ!
浜松JCTの近くにいます。カーブでなく海のほうに来てしまった……!
大門駅のバーにいます。ビールうまい
ビンゴゲームで一番に上がったときの気持ちよさを思い出した。やったぜ。
このゲーム、完全に理解した。
まずは「理屈」と「想像」の二輪で範囲をしぼる。その二つを元に「適度な落としどころ」を見つけるのがコツだ。
さあ、どんな謎でもかかってきたまえ。
頭の中ではハンチング帽をかぶった探偵がパイプをくゆらし始めた。
最高難易度のラスト(4問目 - 出題)
最終問題は、Suchmosの「STAY TUNE」です!
探偵のパイプが、ポトリと口から落ちた。
ぜんぜんわからん……。
とりあえず、キーワードをいつもの要領で出してみる。
- ブランドもの
- 頭だけいい
- 広くて浅い
- Mで舞ってる
そもそも「Mで舞ってる」ってなによ。
僕の想像力では、「MANDARAKE(まんだらけ)」で掘り出し物を見つけて喜びの舞いをしているオタクしか思い浮かばない。
こういうときは足を動かしながら考えるに限る。いったん駅に向かおう。あごに手をそえながら歩いていると、駅の手前に気になるものを見つけた。
納税、か。
社会人になってわかったことがある。サラリーマンというものは、いろいろ考えなくていいのがメリットなのだと。どんな働きかたでも毎月一定の賃金をもらえるので、将来への不安が少なくなるのだ。
税金は引かれるが、企業が折半してくれていると考えればまあ許せる。
頭の電球が光った。
今回の問題、「大企業のサラリーマンがいる場所」が答えなんじゃないか。
理屈はこうだ。
- 給与が高い → ブランドものを使ってそう
- 学歴が高い → 頭のいい人が多い
- 異動が多い → 知識が広く浅くなりがち
東京一のオフィス街といえば「丸の内」が浮かぶ。そして丸の内の中心にあるのは「東京駅」だ。
東京23区を舞台にした最終問題の答えが「東京駅」とは、なかなか粋なことをするじゃないか。
これは、再びもらったわ。
社会は思ったほどひねくれていない(4問目 - 移動)
ということでやってきました東京駅。
乗りかえで通ることはよくあるが、じっくりと駅舎をながめるのははじめてだ。
歴史のしみこんだレンガ造りをながめていると、時間の流れが早くなっていく。上京したての人の気持ちもこんな感じなのかな。
カメラをかまえていると、ある場所に自然と吸いこまれていった。
「逆さ東京駅」が見られる場所まで用意されているとは。
でも、オフィス街ならば観光客向けにここまでひねったことをしなくていいのでは?
JRはどんなことを考えてこれを作ったのだろう。検索っと。
水を張ることで夏場の路面温度上昇を抑制するとともに、視覚的にも安らぎと清涼感を感じていただけます。
(JR東日本ニュースより引用)
実際は、映えのためでなく涼しく感じてもらうための設備でした。
ひねったことを考えているのは、JRではなく僕だった。
明らかになる「Mで舞ってる」意味(4問目 - 回答)
さて、そんなこんなでみんな「集合場所」に到着した。解答発表だ。
歌詞から「頭のいい若者」と「若者の街 渋谷」をイメージしました。「東大駒場キャンパス近くのマクドナルド」が答えです!
「金持ちの若者」をイメージしました。歌詞に風船があったので麻布のバルーンショップにいます
「大企業のサラリーマン」をイメージしました。東京駅に今います……
東急プラザ渋谷にいます! 歌詞からしぼりました。「広くて浅い」イメージの下北沢、「頭がいい」イメージの駒場東大前、「ブランド着てる」イメージの表参道。その中間から渋谷のどこかと考えました。さらに歌詞から音楽関係の場所からクラブが上階にある建物として「東急プラザ渋谷」が出てきました。そういえば、ここで朝から「酔っている人(屍のbad girl)」を見たことがありますね
ああ、読み違い再び。
たしかに曲調は若者向けのバーで流れていそうな感じだった。サラリーマンが集う居酒屋ではないな。
あと、歌詞の中にあった「Mで舞ってるやつ」をすっかり忘れていた。
「M(マクドナルド)で待ってるやつ」が正解だったとは。
4問目は「歌詞で集まる」の深みを感じさせる問題でした。
思った以上に楽しかった
終わったあと、時間のある3人で打ち上げをすることにした。
渋谷駅のハチ公前に行き、LINEで場所を伝えあう。おかげで人混みあふれる中でもすぐに会えた。
現代の待ち合わせは、どこか味気ない。
ただ、普通の待ち合わせとの違いが現れたのはここからだった。
お店に入ってカレーをつつく。今日の感想を言い合っていると、気づいたら3時間もすぎていた。
昔の待ち合わせには、人との距離を縮める効果があったのだ。
曲で集まる会、オススメです。
お知らせ
今回の企画は、別視点での記事も同時に公開されています。そちらもぜひご覧ください!
また、2024年12月1日の「文学フリマ東京39」に参加します! 今回の内容を加筆修正し本にする予定です。