阿佐ヶ谷駅にある張りぼての「素朴さ」を愛でる

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駅を利用していて目に入るものがある。それが駅の広告と飾りだ。時には旅行へのお誘い、時には新生活への応援メッセージだったりと幅広い顔を見せてくれる。

 

ある日、阿佐ヶ谷駅JR中央線)を利用しているときに気になるものを見つけた。広告の横に張りぼてがある。この張りぼて、手作り感にあふれていて見ているだけで親しみがわいてくる。次はどんなのができるかな。気づいたら駅を通るのが日々の楽しみになっていた。今回は阿佐ヶ谷駅にある素朴な張りぼての世界を紹介します。

 

 ※張りぼてのジャンルに入るか微妙な飾りもありますが、今回はあえて全部まとめて「張りぼて」と呼びます。ご了承ください。

 

「素朴さと作り込みのギャップ」がたまらない

最初にこれを見てほしい。

 

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とある日の阿佐ヶ谷駅。桜が咲いていた。

 

駅の中に春の風が吹いている。きれいだなーと通りすぎた。

三日後。また目に入る。気になってきた。近づいて足を止める。ながめて気づいた。これ、実はいろいろ工夫して作られているのでは?

 

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花の部分に巧みな技を見つけた。

 

貼りついている花びらを見てほしい。全部が右を向いている。さっき春の風を感じた理由は、花びらにあったのか。

感心しながら目を下にやる。思わず力が抜けた。

 

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テープの芯を重ねて木の幹を作るこの荒業!

 

桜の花びらの作りこみに対してむきだしになったテープの芯。この温度差よ。率直に言って好きだ。すっかりファンになってしまった。

今回は、こんな阿佐ヶ谷駅張りぼてを三つ紹介したい。一緒にギャップ、楽しみましょう。

 

①「新鮮さ」にこだわったイカ(2018年8月)

西は長野、北は青森まで。JR東日本の事業範囲は広い。さらに2016年には新幹線で北海道まで行けるようになった。となると始まるのが旅行の宣伝広告だ。

2018年にも北海道の宣伝が始まった。その名も「イカすぜ函館キャンペーン」。名前そのままに新幹線の終点である函館駅と名産のイカを推している。

さて、キャンペーンに合わせて現れた張りぼてがこちら。

 

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机の左側にイカを発見。

 

円錐と円柱を組み合わせたシンプルな形。一見何のひねりもなく作られたイカに見える。でも観察すると奥深い世界がしっかり見えてきた。

ここでちょっと考えてほしい。あなたはスーパーの鮮魚コーナーでイカを買おうとしています。どういう基準でイカを選ぶだろうか。多くの人は「透明感」をあげるのではないだろうか。実際、イカは鮮度が落ちると透明感がなくなると言われている。

これをふまえてもう一度張りぼてを見てみよう。

 

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透明感があるぞ!


イカの表皮を綿で作ることで透明感を再現しているではないか。これはイカすぜ!

さらによく見ると、手前にイカの子どもがいることに気づいた。

 

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こっちは味わい深い。

 

紙の胴体にスズランテープの足。足だけ透明。来ました素朴さ。これも好きだ。

 

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函館に行かな🦑?

 

② テープのきりたんぽ(2018年9月)

秋に始まったのは秋田県のキャンペーン。うたい文句は「秋のさくさくあきた」。

そんな秋田県を代表する食べ物といえばこれだ。

 

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秋田のソウルフード、きりたんぽ。

 

炭火できりたんぽを焼き、米が焼ける香ばしさに包まれながら待つ至福の時間。ひっくり返せば焦げ目が見えるのかな。ちょっと見ただけで想像がふくらんでいく。秋田に行きたくなってきた。

なのになんだろうこの胸に残る違和感。よーく見ると、また違う味が見えてきた。 

 

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やはり手作り感にあふれている!

 

見れば見るほど親近感がわいてくる。こんなテープの芯にぴったりサイズな網ってあるんだ。きりたんぽ表面のテープと下の芯ってきっと同じやつだよね。

さくさく魅力が見つかる。見てるだけでさくさく秋田に行きたくなってきた。

 

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このあと実際に行きました。すっかり策略にハマっている。

 

③ ニュースに詳しいなまはげ(2018年9月)

きりたんぽが姿を見せてから1週間。とつぜん仲間が増えた。もう一つの秋田名物、なまはげだ。

 

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きりたんぽの後ろにいた。なまはげなのに存在感ひかえめ。

 

なまはげといえば恐ろしい顔をしたお面だ。つり上がった目に立派な髪。阿佐ヶ谷駅なまはげも特徴をしっかり再現している。でも小さいからかわいい。

さてそろそろ恒例の始めますか。拡大してみてみよう。

 

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髪の毛をよく見ると……?

 

この髪の毛、新聞紙だ。阿佐ヶ谷駅なまはげはインテリだった。なまはげというと怖いイメージがあるけど、この小さくて賢いなまはげなら歓迎して招きたい。いい知恵をさずけてくれそうだ。

 

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秋田の「男鹿真山伝承館」でなまはげ体験。怖さだけじゃなくて地域に愛される存在であることが伝わってきて温かくなった。秋田旅行にオススメです。

 

番外編:阿佐ヶ谷駅張りぼてのルーツは「祭り」にあり?

さて、ここまで紹介してきて今さらだが不思議に思わないだろうか。阿佐ヶ谷駅では、なぜここまでこだわって張りぼてを作っているのだろう。その答えは8月の阿佐ヶ谷駅を見ればすぐに明らかになる。さっそく8月の様子を見てみよう。

 

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張りぼてを発見!(2019年8月)

 

この子は阿佐ヶ谷駅ゆるキャラ「あさくらちゃん」。七夕かざりをモチーフに作られている。何を隠そう、阿佐谷は「七夕の街」なのだ。旧暦の七夕の時期に「阿佐ヶ谷七夕まつり」が開かれ、駅前の商店街は地元の人や観光客で大きくにぎわう。来場者数が80万人以上といえば人気が少しは伝わるだろうか。

 

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駅を出て左を向いた様子がこちら。商店街は人をかき分けないと進めないほどの盛況っぷり。

 

さて、そんな阿佐谷七夕まつり、ちょっと変わったところがある。それは「商店街の人が手作りの張りぼてを作って飾る」ことだ。

 

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見事な出来にうならされる作品があれば、

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親近感がわくものも多い。

 

この作品、既視感がないだろうか。そう、駅の張りぼてだ。張りぼては阿佐谷のDNAに深く根付いている。駅の張りぼては阿佐谷の魂を体現したものだったのだ。

 

④ ツッコミ待ちのカニ(2018年10月)

最後に一番お気に入りの張りぼてを紹介する。カニだ。

 

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見てほしいこのカニ推しを。

 

一目見て思った。これは気合を入れて作られてる。本物顔負けのゴツゴツした殻に肉付きの良いハサミ。出来がいい。ツッコミを入れるとしたらハサミの場所を針金で雑に固定しているぐらいか。

と思っていた。でも気づいてしまった。

このカニ、やっぱり阿佐谷らしさにあふれてる。

 

ここで普通のカニを見てみよう。

 

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秋田旅行での一幕。

 

カニで食べる部位といえば足だ。足にぐいぐいとハサミを入れてぐぎぎと力を入れてようやくパカッと開いて姿を見せるつやつやの身。固いハサミを開くのに苦労する時間でさえ愛おしい。カニ専用のフォークでぐいぐいと食べる過程はもはやエンターテインメント。カニを食べるとき黙るってよくネタにされるけど、ここまで幸せな沈黙を知らない。

さて、もう一度阿佐ヶ谷駅カニを見てみよう。

 

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足に注目。

 

短い足と短いハサミ。食べられる場所がほとんどない。

このカニってもしかして……!

 

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何回も言うが、こんな素朴さにあふれた阿佐ヶ谷駅張りぼてが好きだ。

 

最近の張りぼての話

さて、この話にはまだ続きがある。もう少しおつきあいください。

今回紹介した張りぼて、実はどれも2018年のものだ。2019年になってから張りぼての入れかわりが少なくなった。

 

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1月に「パリピなまはげ」が襲来(髪がパーティー飾りなので)。

 

最後に新作を見たのは2019年の8月。七夕まつり期間に出てきたあさくらちゃんだ(「番外編」で紹介したもの)。それを最後に張りぼてはぱったり姿を消してしまった。

どうしたんだろう。でもきっとまた作ってくれるでしょう。そのときは深く考えてなかった。なんてったって、阿佐谷の名物は七夕まつり。きっと来年(2020年)の七夕まつりの時期には新しい張りぼてが出てくるんじゃないか。それを楽しみに待っていよう。

しかし、2020年の七夕祭りはコロナで中止。

 

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8月の様子。張りぼてのない商店街は天井が高く見えた。

 

阿佐ヶ谷駅張りぼてもなし。世の中はコロナ一色。もう張りぼてを愛でることはできないのか。これで終わってしまのか。そんなの悲しい。

 

希望は残っているよ、どんな時にもね

2021年4月2日。桜が満開のある日。その日も阿佐ヶ谷駅を通った。前は桜の張りぼてがおいてあるときもあったっけ。今年の夏はお祭りできるかな。そんなことを考えながら歩いていると――

 

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これは夢か幻か……?

 

思わず頬をつねる。夢じゃない。あさくらちゃんがいた! 誇らしげに入学を祝うあさくらちゃん。

「今年入学の学生も大変なことが多いと思うけどがんばって。応援してる」

そう言っているあさくらちゃんの声が聞こえた(気がした)。心が自然と上を向いた。ありがとう。それにしても張りぼてが復活してくれるとは!

 

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ホントによかったよ!(スタンプラリーは残念ながら中止)

 

冷静になって考えると

だいたい2年ぶりの張りぼて復活。丸1日喜びが続いた。でも次の日気づいた。気づいてしまった。あのあさくらちゃん、もしかして前と同じ張りぼてなのでは?

前に飾られていたあさくらちゃんと見比べてみよう。

 

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顔のしわの位置が同じだ……。

 

2年ぶりに見た張りぼては、過去の張りぼてをリメイクしたものだった。もちろん張りぼてを見られてうれしいのは変わらない。ただそうなると気になることがある。今後はどうなるんだろう。新作を期待していいのか、それとももう作られることはないのか。

気になったので問い合わせてみた。返答の転載は禁止されているので細かいことは書けないが、一つわかったことがある。それは、「今後新しい張りぼてが作られる予定はない」ということだ。そうか……。

でも張りぼてのおかげで毎日が少し楽しくなった。そして阿佐ヶ谷駅を好きになれた。ありがとう。

 

最後に

あさくらちゃんの登場から2週間後。再び阿佐ヶ谷駅を通った。あさくらちゃんはもう姿を消していた。

 

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日常が戻った。

 

あさくらちゃんは七夕をモチーフにしたゆるキャラだ。今年か来年か七夕まつりが復活したら、あさくらちゃんの張りぼて姿がきっとまた見られる。また阿佐ヶ谷駅張りぼてが見られる日を楽しみに待っていよう。

七夕の街 阿佐谷。そんな街の駅では、素朴な張りぼてが代り映えのない毎日に彩りを添えていた。

川沿いにあるスピーカーの謎を解いたら洪水との戦いが見えてきた

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「河川水位警報機」というものがある。川があふれそうになったときに警告するスピーカーのことだ。その姿は縁の下の力持ちそのもの。出番は多くても年に数十回。防災無線のように毎日テスト放送をするわけでもなく、ひたすら川を見つめ続ける。なんてひたむきな奴なんだ。ここまで健気な存在を他に知らない。もっと詳しく知りたい。気づいたら水位警報機に熱い視線を注いでいる自分がいた。

 

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赤いスピーカーが目印。

 

ある日、水位警報機をながめながら歩いていて引っかかりを覚えた。水位警報機の配置がなんか変だ。警報機同士が極端に近いものもあれば、数キロ歩かないと次の警報機がない場所もある。なんでそんなにばらつきがあるんだろう。何か理由があるに違いない。そこで、近所の川である善福寺(ぜんぷくじ)川を歩いて調べてみることにした。見えてきたのは、度重なる洪水に負けじとひたむきに進化を続ける街の姿だった。

今回は、杉並区民のオアシス、善福寺川で水位警報機の謎を解き明かします。

 

水位警報機の位置の謎

突然だが問題だ。ここに杉並区を流れる善福寺川の地図がある。もし「川ぞいに水位警報機を14ヶ所設置してください」と言われたらどうするだろうか。

 

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(地図は オープンストリートマップ, 杉並区水害ハザードマップ より作成)

 

多くの人はおそらくこう考えるんじゃないだろうか。

 

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「とりあえず均等に配置すればいいんじゃね?」

 

一定の間隔で並べればいい、と。
ところが、実際の配置はこうだった。

 

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水位警報機も下流に流されている……? いや、まさかね。

 

下流にかたよっている。なぜだなんでだろう? 頭の中でテツ and トモが歌いだした。ネットで一応調べてみたけど、水位警報機の分布を調べた人はなし。ですよねー。

こういうときは目で見て調べるのが一番。実際に行ってきました。

謎:なぜ水位警報機の分布がかたよっているのか?

 

水位警報機を三つのタイプに整理する

今回善福寺川の始まりから終わりまで、水位警報機をながめながらテクテク歩いた。11キロのショートトリップ。

 

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源流の善福寺池。のんびりのどかなところ。

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池の入り口で愛を問われる。

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そびえる家に細い道。歩きづらいけど下町っぽくて好きだ。

そよ風。ぽかぽか太陽。さらさら流れる水の音。まぶたが重くなる。近くのベンチもベッドに見えてきた。

 

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川の横に水位警報機を発見!

 

そうだった、今日の目的は水位警報機。
さて、今回の歩きで目に入った水位警報機を三種類にわけて紹介しよう。

  • 川沿いタイプ
  • 調節池タイプ
  • 近接タイプ

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分布はこんな感じ。

 

あと善福寺川のおすすめスポットをちょこちょこ挟んでおくので、箸休めにどうぞ。


川沿いタイプ(①, ②, ⑤~⑧, ⑫)

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まずは一番普通のやつだ。普通に川沿いにあるパターン。

 

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こう見ると水位警報機ってなかなかフォトジェニック。(②)

  

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水位警報機のお向かいに白線が引いてある。この目盛りを超えると警報が鳴るしくみだ。

 

河川警報機を弁当の世界で例えると梅干しだろうか。普段は当たり前のようにいるけど、非常時(体調不良)には唾液の分泌を助けてくれるし身体にしみわたる。そんなたよりになるやつ。

 

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日常で気にする人はほとんどいない。非常時以外はそれでいい。(⑧)

 

ところで、一台気になる水位警報機があった。一番上流のやつだ。

 

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防災無線と一体化している。下側の赤いスピーカーが水位警報機。(①)

 

水位警報機の上流に広がっている景色を見てほしい。

 

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土嚢(どのう)だ。ひざの高さまでびっしり。

土嚢というと、大雨が近づいたときに急いで積むイメージがある。ということは、わりと最近にここで洪水があったのだろうか。

水位警報機の分布を考えるうえで、洪水は何か関係しているのかもしれない

 

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オススメスポット①「川沿いの桜」

善福寺川は桜の名所。春は地元民が集う。来年こそは桜を見ながらタコ焼きと焼きそばを食べてやるんだ。

 

調節池タイプ(⑨, ⑩, ⑪)

次は「調節池」の近くにある水位警報機だ。調節池とは、大雨のときに水を入れることで洪水を防ぐ空間のことだ。調節池タイプの水位警報機は三つ。順番に見ていこう。

 

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街灯と仲がよさそうな水位警報機を発見(⑨)。左の柵に目を向けると……?

 

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野球場だ。バッターが腰の曲がったおじいさんで思わず応援した。

この広さよ。大雨のときはさぞや頼もしいことだろう。

調節池は川があふれるのを防ぐ一方で、万が一許容量を超えれば周りに被害を与えてしまう一面もある。近くに水位警報機があるのは納得だ。洪水対策の近くに水位警報機あり

  

二つ目の調節池に行こう。こちらもスポーツ施設になっている。今度はテニスだ。

 

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水位警報機の奥が調節池だ(⑩)。野球場と比べると小さめ。

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内側はテニスの壁打ち場になっている。けっこうにぎやか。

 

このテニスの壁打ち場を見たとき、突然鮮やかに映像が思い浮かんだ。よみがえる苦い記憶。

中学生のとき、僕は硬式テニス部に入部した。部活が休みのある日、部員メンバーで壁打ち場に行こうって話になった。

あのころはテニスが下手だった。順番が来る。思いっきり壁にボールを打つ。そのまま勢いよく返ってくるボール。あわてて打ち返す。ラケットの端に当たる。真横に飛んでいくボール。ボールは横で打っていたおじさんの顔面に吸い込まれるように

「スパコーーン!」

直撃だった。吹っ飛ぶメガネ。崩れ落ちるおじさん。そのあと記憶がない。たしか優しい人でそのまま許してもらえた。水に流してもらえた。調節池だけに。あれ以来、壁打ち場を見るたびにあのおじさんへの申し訳なさがよみがえる。

楽しく散歩していたのに水を差されてしまった。調節池だけに。そそくさと立ち去る。

 

気を取り直して次に行こう。三つ目の調節池だ。実はそっちも部活のメンバーで使ったことがある。だからしっかり覚えてる。テニスコートだ。行ってみよう。

 

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記憶だと左側にテニスコートが1面あった。フェンスにおおわれてる。(⑪)

 

だが、かつてテニスをした場所は工事中の様子。中をのぞいてみよう。

 

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土が掘り返されていた。かつてのテニスコートよりも広いぞ。

 

何の工事をしてるんだろう。きょろきょろ。フェンスに説明書きを見つけた。

 

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前よりも大きな調節池を造っているのか!

 

さっきの土嚢と同じだ。確信した。まだ川との戦いは続いているんだ。

  

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オススメスポット②「川にいる野鳥」

川沿いは野鳥の宝庫。善福寺川の一番人気はオオタカだ。いいカメラを持ってないので鷹を撮ってる人を撮った。

 

近接タイプ(③, ④, ⑬, ⑭)

 最後は「近接タイプ」だ。どういうことかというと――

 

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③④と⑬⑭がめちゃくちゃ近い。これは気になる。どんな様子か見てみよう。

まずは③④だ。

 

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④の水位警報機を発見。エモい。近くの家に住んでこの景色を眺めながらすごしたい。

川から離れたほうはどうだろう。川の横の道を曲がる。すぐ近くの公園に見覚えのあるスピーカーが見つかった。

 

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いたって普通の公園だ。名前も「荻窪公園」と平凡。(③)

 

なんでここにあるんだろう。善福寺川近くの公園はたくさんある。でも水位警報機がある公園はここだけ。しかも水位警報機と川の距離はたったの100メートル。うーんわからん。You(河川警報機)は何しに公園へ?

 

ちなみに、もうひとつのペア、下流の水位警報機もほぼ同じだった。

 

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ひとつは川沿い。鋭角の部屋に住んでみたい。(⑬)

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川から1分の住宅地に水位警報機を発見。明らかに住宅の中で浮いてる。(⑭)

 

新たな謎ができてしまった。

謎2:川から離れた水位警報機はなぜある?

 

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オススメ③:下流の八重桜

ベストは散りかけの4月末。カーペットじゃなくて全部花びらです。

 

謎を整理しよう

ここでもう一度謎を整理しよう。

  • 謎1:なぜ水位警報機の分布がかたよっているのか?
  • 謎2:川から離れた水位警報機はなぜある?

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ここからは調査と推理の時間だ。歩いても分布の理由は解けなかった。でも手がかりは得られた。それが「洪水」だ。その線で調べてみよう。

 

一つ目の謎を解こう(水位警報機の分布)

まずは水位警報機の分布の謎だ。

「――さて」

とつぜん脳内に男が現れた。パイプをくゆらせ安楽椅子に腰かけている。

「まっさきに見るべきはハザードマップだろうね。水位警報機もハザードマップも洪水対策から生まれたものだから」

正体は探偵だった。なるほどハザードマップか。調べてみよう。

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分布とハザードマップを重ねてみた。色がついている場所が浸水の可能性が高い場所だ。(杉並区水害ハザードマップより作成)

 あれれ、おかしいな。川の近くにまんべんなく浸水しそうな場所がある。これだったらやっぱり均等に配置したほうがいいんじゃないか。

あなた、本当に探偵?

「なになに、説を一つ言ってみただけだよ」

ふーん、あやしい。

 

 

よみがえる洪水の記憶

「じゃあ次の説に移ろう。歩いて見つけた『手がかり』をもう一度思い出してごらん」

手がかりって、「洪水」のこと?

「ならば、過去の洪水が関係しているとは考えられないかい?」

たしかに。過去の洪水ってなにかあったかな。

 

そうだ。洪水あったよ。浮かんだのは丸ノ内線。中学生のとき、僕は毎日東京メトロ丸ノ内線に乗って通学していた。あれは2005年の9月のこと。土日に豪雨が吹き荒れた。川があふれ各地で浸水が発生。

typhoon.yahoo.co.jpそして月曜日。駅に行くとUターンする人の群れ。止まっていた。原因は「車庫の浸水」。車庫は善福寺川の近くにある。どこか他人事だと感じていた災害。本当に大変なことが起こっていたんだと身体が強ばった。

 

「やはりか。じゃあ調べてみたまえワトソン君」

助手にされてるのは気に食わないけどオーケー。2005年の洪水被害を調べよう。

すぐに浸水被害の地図が見つかった。これでいよいよ真相が明らかに……!

 

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青と緑が浸水した場所だ。川の周りはほぼ浸水。こんなに被害が広かったのか……。(国土交通省HPより作成)

 

うーん。この被害だったら川全体にまんべんなく水位警報機を設置したほうがいい。ハザードマップと同じ結果だ。

というか今完全に謎が解ける流れだったよね探偵さん?

 

さらに前の洪水から謎が解けた!

「なになに、あきらめるのはまだ早いよ」

外れたのに大した自信だね。まだ手はあるってことか。

「洪水があったのは2005年だけかい? もっと前にもあるだろう?」

言われてみればたしかに。わかったよ探偵さん。次に見るべきはさらに昔の洪水だ。

調べてみると、大きな災害が二つ出てきた。一つ目が1982年。39年前に来た台風18号。1084棟が浸水することとなった。二つ目は丸ノ内線が止まった2005年。このときは2314棟が浸水することとなった。

「ビンゴのようだね。じゃあ1982年の洪水を調べてみようじゃないか」

言われなくたってわかってるよ。1982年の洪水のマップを見てみよう。

 

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赤が浸水した場所だ。これは……!(東京都建設局 昭和57年の水害記録より作成)

 

これだ! 赤い色にそって水位警報機が設置されている。特に⑥と⑫は、洪水があった場所に造られたのが明らかだ。

結論が出た。水位警報機の分布がかたよっているのは「1982年の洪水をきっかけに設置されたから」だ!

 

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図書館で調べると1982年11月の「杉並区広報」に答えがのっていた。やはり洪水がきっかけで設置されたんだ。

 

解けていなかった……

やったぜ解決。ふふん。

「本当にそうかな」

なんだよ達成感にひたってたのに。一応話は聞くけど。

「上流の水位警報機の場所を見直してくれたまえ」

わかったよ。さっきの浸水の図をながめる。あれれ? 被害のない場所にある水位警報機を見つけてしまった。

 

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見つけたからには無視できない。

 

一難去ってまた一難。

「落ち着きたまえ。もう手がかりはそろってるよ」

息を吸って吐く。すぐに理由が思い立った。1982年に被害がなかったなら、①②の水位警報機は丸ノ内線が止まった2005年の洪水がきっかけで設置されたんじゃないか?

 

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もう一度2005年の浸水被害を見てみる。①②の近くは被害が大きい。つじつまは合うぞ。

 

 「そういうことだよ。君もやるじゃないか」

裏付けも見つかった。

河川水位、雨量計、警報機の増設箇所でございますが、まず、善福寺川の上流部丸山橋というところにあります水位・雨量・警報局、これを新しく増設しました。それからその下の本村橋のところも、水位・雨量・警報局を新しく増設しました。

(杉並区議会 委員会議事録 平成18年6月23日都市環境委員会より)

丸山橋と本村橋とは、上流の水位警報機①②がある場所だ。

上流の水位警報機は、やはり2005年の洪水がきっかけで設置されたものだった。今度こそ解決だ。

「君はもう大丈夫そうだね。二つ目の謎は君の力で解いてごらん」

ありがとう探偵! がんばるよ。

 

謎1のまとめ

謎1:なぜ水位警報機の分布がかたよっているのか?

⇒三つのきっかけで設置されている。

  1. 調節池の近く
  2. 1982年の洪水被害があった場所
  3. 2005年の洪水被害があった場所

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図にまとめてみた。

 

二つ目の謎を解こう(川から離れた水位警報機)

いよいよ二つ目、最後の謎を解こう。川から離れた水位警報機(③と⑭)がなぜあるのか。正直、ここまでいろいろ見てきた。知識も身についた。探偵のおかげ(?)で自信もついた。それならば、現地に行けばもうわかるはずだ。再び善福寺川にひゅーうぃーごー。

 

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貯水施設の入り口発見!

再び舞台は善福寺川へ。最初は下流の⑭から見ていこう。

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やってきました。春だねえ。

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対岸から見てみよう。下に空間がある……?

 

いきなり手がかり発見! 川の下側が空洞になっている。そして上には「善福寺川取水施設」と書かれた建物。

敷地のフェンスに答えが書いてあった。これは「神田川・環状七号線地下調節池」の入り口とのこと。

説明書きによると、環状七号線の地下に巨大な地下空間が造られているらしい。直径12.5メートル、長さは4.5キロメートル。ちょっと想像できない。

検索すると動画が出てきた。月並みな言葉だけど、めちゃくちゃでかい。

 

www.youtube.com

 

完成は2007年。以降、善福寺川下流神田川の浸水被害は激減したという。完成までどれだけの困難があったんだろう。地上以上に費用がかかる地下に巨大な施設を造るなんて。どれだけの熱意があったんだろう。

川から離れた位置に水位警報機があるのは、巨大な地下調節池の情報を住民にいち早く伝えるためのものだった。

 

公園で貯水施設を探す

最後に残ったのは上流の水位警報機(③④)だ。上流に行ってみよう。

 

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再びやってきました荻窪公園。構内の地図を見ても特に情報はなし。

 

なにか手がかりがあるはずだ。具体的には取水施設とかそういうやつ。うろうろしてたらやっと見つけた。

 

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ポンプ制御盤を発見!水をくむポンプがあるなら地下に水をためる場所があるはずだ。

 

さて、答え合わせをしよう。

東京都下水道局では、現在、荻窪2丁目の荻窪公園を起点として、雨水を一時的に貯留するための工事を進めており、今年度末の完成を目指しているところでございます。
杉並区議会 委員会議事録 令和元年第4回定例会 11月19日-23号より)

地下の調節池により洪水の被害が減った下流。しかし、上流の被害はおさまっていなかった。どげんかせんといかん。新たな対策が立ち上がった。そのひとつが荻窪公園というわけだ。

荻窪公園の地下には、雨水をためる「貯留管」が650メートルにわたって設置されていた。そして洪水との戦いはまだ続いているのだ。

 

謎2のまとめ

謎2:川から離れた水位警報機はなぜある?

⇒水位警報機の近くに貯水施設があり、いち早く異常を伝えられるようにしている。

 

最後に

水位警報機の配置になんとなく違和感を覚えて始めた調査。最後は地下の巨大空間にまで行きつくとは。トカゲの生態を調べていたらワニにたどり着いたみたいな驚きだ。

今まで当たり前のようにすごしていた杉並の街。実は長い間水害に苦しみ続けていた。そのたびに新たに計画される対策。水位警報機に調節池、地下調節池、地下貯留管。まさかここまで多様な対策を取っているとは。

 

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図にまとめてみました。

 

そして戦いは今も終わっていない。川沿いでの工事は続き、今も新たな調節池が造られている。俺たちの戦いはこれからだ!

なにか気の利いた言葉で締めようと思ったが、ちょっと言葉が出てこない。長く計画を進めてきた行政に、そして静かに流れているだけに見えて「水面下」で進化を続けている善福寺川にありがとうと言いたい。これからもよろしくお願いします。

 

参考文献

 

おまけ:今回紹介できなかった善福寺川の洪水対策設備

和田弥生幹線

地下の巨大施設は「神田川・環状七号線地下調節池」だけじゃない。善福寺川下流には直径8.5m延長2.2kmの貯留管が造られている。

www.youtube.com

ちょーでかい!

 

善福寺川調節池

善福寺川中流(⑤と⑥の間)にある調節池。公園の地下部分に造られている。

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画像は東京都建設局より。

 

杉並区上荻四丁目付近善福寺川流域貯留管

善福寺川近くの道路沿いに造られている貯留管。こちらは現在建設中。

都会にある沖縄の魔除け「石敢當」が個性的でおもしろい

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石敢當(いしがんとう)」を知っているだろうか。石敢當は沖縄の魔よけで、沖縄の路地ではふつうに見ることができる。この風習、実は東京近郊にもちょっとずつ入ってきているのだ。

最近都会にある石敢當が、沖縄のものとは違った魅力を放っていることに気づいてしまった。住宅地やお店。その場所によってたくみに姿をかえ街なみにとけ込んでみせる健気さよ。一つ一つが個性豊かで愛おしくてならない。

 

今回はそんな都会にある石敢當を5個紹介したい。これを読み終われば石敢當が気になってしかたなくなっているはずだ。そして一緒に石敢當、探しましょう。

 

そもそも石敢當とは?

まずは石敢當とはなにか簡単に紹介する。

石敢當とは沖縄でよく見られる風習だ。沖縄の魔物「マジムン」はまっすぐ進む性質がある。そのため、T字路やY字路に石敢當をおくことで敷地に侵入するのを防ぐことができるという。玄関にシーサーをおくのとほぼ同じ効果だ。

では石敢當とは具体的にどんな姿なのか。こういうときは百科事典を見てみよう。Wikipediaを見ると石敢當の写真がのっていた 

 

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石と武骨な文字。これが一般的な石敢當の姿だ。(画像はWikipediaより)

 

形は様々で、「石敢当」「泰山石敢當」「石敢當」と文字のバリエーションもあるとか。

ではこれが都会だとどんな姿になるのか。お待たせしました。いよいよ本題です!

 

1. 暗渠にある石敢當

最初に紹介するのは川の跡、「暗渠」にある石敢當だ。実はこの石敢當、僕がハマるきっかけになった一番好きなやつだ。

この魅力を伝えるためには暗渠がどんなところか知ってもらう必要があるので、まずはそこから。暗渠とはいろいろなものがあるが、多くの暗渠に共通しているのが「飾らない雰囲気」だ。

 

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普通の道よりもちょっと雑多な感じがわかるだろうか。

 

世の中のものを「ハレ」と「ケ」にわけるとするなら、暗渠はまちがいなく「ケ」に含まれる部類のものだ。暗渠は日常の延長線上にあるもの。歩いていると「人間の本質」をのぞくことができる。

 

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壁に落書きが。人は見られない場所だと悪行を働いてしまうものだ。

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親切な注意書きが段差にあった。人には善の面もあり、思いやりの積み重ねで世界は回っている。

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洗濯機に雑巾。生活感あふれる姿が見られるのも暗渠の楽しいところだ。

 

失礼。つい暗渠が好きで話しすぎてしまった。そんな人間の本質が見られる暗渠の石敢當に会いに行こう。まもなく到着だ。暗渠道を歩いていると不思議な石が目に入る。

 

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暗渠の街角で、運命の出会いをした。

 

右側の石が石敢當だ。詳しく見てみよう。

 

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この手作り感、いい。いいぞ!

 

まさかの「手彫り」だ! ここまで素朴な石敢當って日本全国探してもなかなかないと思う。沖縄と違い簡単に石敢當が手に入らないから手作りしたのだろうか。

 

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見てほしいこの刻まれた字を。がんばって彫ったんだろうな。

 

日本では万物に神は宿るといわれている。一人が神聖さを感じればそこから信仰は始まる。その始まりの姿こそ、この石敢當なのだ。

まさか暗渠の石敢當で日本の文化の根源を学べるとは思っていなかった。石敢當、深いぞ。

 

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ワイヤーで塀に固定している。この素朴さもたまらぬ。

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アングルを変えて撮ってみた。よく見ると右に傾いていてこれもいい味出してるなあ……。

 

ふと石敢當の近くから視線を感じた。肩入れするあまり神聖な気配すら感じることができるようになってしまったのか。この石敢當、ますますただ者ではない。と思いつつも視線をたどってみた。石敢當から視線を上げる。

 

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家の守り神と目が合った。かわいい~~

 

2. 普通の住宅地にある石敢當

次は古くからある杉並の住宅地だ。家は庭つきの一軒家からアパートまでさまざま。多くの人が「いたって普通の住宅地」と感想をもつ場所だ。

 

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そんな普通の街のT字路にやってきた。

 

この写真を見て気づいただろうか。実はすでに石敢當が写っている。

 

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正解はお向かいの塀です!

 

このひかえめさよ。最初に見せた沖縄の石敢當と比べるとこじんまり。知っている人は気づくけど、石敢當を知らない人は素通りするぐらいの存在感。目立たなさ。いい。

 

 

 

石敢當を見ていると大学時代の友人を思い出した。ふだんは物腰がやわらかで目立たないやつ。でも勉強が好きで、数学の話になるととたんに頼もしいやつに早変わり。その学問へのまっすぐな姿勢にまぶしさを感じたものだ。

彼の芯の強さはこの石敢當と同じだ。卒業から連絡をとってないけど、きっと今も石敢當のように堅実にがんばっているんだろうな。

 

普通の住宅地では、ひかえめだけど芯の通った石敢當と出会うことができた。

 

3. おしゃれな住宅地にある石敢當

今度の舞台はさいたま市の住宅地だ。

 

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生垣とカーブにゴミ一つない通り。まさに埼玉の田園調布といったおもむきの場所だ。

 

見てほしいこの優雅な街なみを。小説に出てくるような白いワンピースを着たお嬢さんが歩いている姿が目に浮かぶ。

一目ですっかり気に入ってしまった。自然に手と足が動く。深呼吸する。この街を全身で感じたい。写真の撮影時間をあとでチェックしてみると、1時間も街中を歩いていた。街並みは1キロちょっとしか続いてないのに。「日本の住宅地百景」なんてものがあればこの街並みを推したい。

 

さて、もっと話したいけど今日の主役は石敢當だ。この街にとけこめる石敢當ははたしてあるのだろうか。武骨な石の姿が合うとは思えないし、かといって目立たないようにするのもこの街ではちがう気がする。予想は白いワンピース。それはないか。さていよいよご対面だ。

 

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どこにあるかわかるだろうか。写真の真ん中をよーく見てほしい。

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「あーなるほどね」思わず声が出た。これは高級住宅地になじんでますわ。

 

そうきたか。これはさっきの石敢當と比べて「遊び心」がある。守り神シーサーと手書き(風)で「石敢當」の文字。色も沖縄らしく赤みがかっている。まさにおしゃれな住宅地にふさわしい石敢當だ。おみやげにこの石敢當のキーホルダーがあったら売れるにちがいない。少なくとも僕は買う。

どうだろう。石敢當に個性があることをちょっとはわかってきただろうか。

 

4. おしゃれな住宅地にある石敢當

次は東京の三鷹市にある住宅地。三鷹といえば「三鷹の森ジブリ美術館」。さらに「おしゃれな街」で有名な吉祥寺駅のとなり駅でもある。とうぜん住宅地にもそのおしゃれなDNAがしみわたっている。石敢當がいるのはそんな街の一軒家の一つだ。

 

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大谷石の門に洋風のポストがなじんでいる。さて石敢當はというと……?

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やあまた会ったね。

 

同じデザインだ。まさかの石敢當かぶり。

ネットで調べてみると見つけてしまった。この石敢當楽天で売ってる。4000円でおしゃれな街のシーサーが買える。一家に一台石敢當。これをつければたちまち高級住宅に様変わり。一ついかがでしょうか。

 

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近くの電柱に業者のシールがたくさん。この石敢當はセールスを防ぐ効果もあるのだ(断言

 

5. 商店街の近くにある石敢當

気を取り直して、今度は意外な場所にある石敢當を紹介しよう。場所は吉祥寺の商店街から歩いて5分ぐらいのところだ。どどん。

 

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植え込みにちょこんとたたずんでいる姿を発見!

 

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沖縄らしい赤瓦だ。今までのとはまたちがう雰囲気。

 

沖縄の古い家には赤瓦が使われているものが多い。今回の石敢當もおそらくその赤瓦なのだろう。住宅地のようなかわいさはないけど、どこか和風を感じさせる植え込みと鉢の間に違和感なくとけ込んでいる。

さて、この石敢當の真のおもしろさは実はここから。まずはこの石敢當がいる場所を見てほしい。

 

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実はこれ、お好み焼き屋さんの装飾として使われているのだ。
(左側の植え込みにあるのが石敢當

 

白と茶色のコントラストに石敢當もなじんでいる。このセンスの良さよ。さすが店の装飾だ。石敢當も鼻が高いにちがいない。

でもこの石敢當の魅力はこれだけじゃないんです。引きにして見てみると……?

 

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石敢當のイメージが根底からくつがえされた瞬間だった。こんな大通りにあるのか!

 

この石敢當にはじめて出会ったのは、車に乗って家族で出かけたときだった。窓の外をながめていると突然の石敢當。大通りに石敢當があるわけがない。幻覚か? いや現実だ! 思わず「ふぇあっ!?」と変な声。家族に心配された。

発見したうれしさのあまり「ユリイカ!」と叫んで裸で街を駆け回ったアルキメデスを今は笑うことができない。

 

そして最後に一つ、この石敢當で僕が一番好きなところはここだ。

 

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よく見るとT字路だ!

 

おわかりいただけただろうか。T字路になっているのだ。店の装飾としてとけ込んでいる石敢當は、本来の石敢當の役割もきちんと果たしていた。飾りとおもいきや現役で店を守っている。こういうけなげさに弱い。石敢當、今日もがんばって守っているんだな。

 

まとめ

お地蔵さんや記念碑。街なかにはたくさんの石像やオブジェがある。それらの管理者はたいてい自治体や町内会だ。一方で石敢當は完全に個人が設置するもの。そのぶんひとつひとつに個性がにじみ出ていて奥が深いのだ。

 

見つけたらぜひ足を止めてながめてみてほしい。見れば見るほど、その場所ならではのイカした姿に目が離せなくなってくるはずだ。

一人で「だるまさんがころんだ」をしたら友達ができた

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ごっこにかくれんぼ。かつての外遊びたち。でもコロナがきっかけで大人数が集まれなくなった。しかしだ。やりたい。大人になり長らくそういう遊びはしていないけど、大人になった今だからこそ実は楽しかったりするんじゃないか。じゃあさっそくやろうと思ったが壁にぶつかった。このご時世、人を集めづらい。

どうしようか。ひらめいた。一人でやればいいんだ。

じゃあどの遊びをやろう。突然思った。だるまさんがころんだをやりたい。

ということで、今回は「だるまさんがころんだ」を一人でします。

 

「ひとりだるまさんがころんだ」の完成図を作ろう

ないのなら 作ってみよう ホトトギス

さっそくできないか考えてみたところ、これならというイメージがすぐにわいてきた。完成図を描いてみよう。そういえば買ったけどまともに使っていなかったアップルペンシルがあるんだった。iPadを取り出してお絵かきアプリをインストールする。

10分後、できた!

 

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小学生の落書き……?

 

アップルペンシルをようやく使えるといううれしさでぐいぐい書けたが、中学生以来絵を描いていないことを忘れていた……。まあ意味は伝わるだろうしよしとしよう。

さて、ルールはだるまさんがころんだそのものと同じだ。鬼役をAIにやってもらう。AIが動きを検知したら負け。AIが見ていない間に近づきタッチできれば僕の勝ち。

 

制作を始めよう

さて作るぞ。

手を動かしながら考える。なぜ「だるまさんがころんだ」をしたいと僕は思ったのだろうか。記憶を掘り返してみても不思議と遊んだ記憶がない。小さいころだったからかな。こういうときに聞くべきは小さいころを見ている家族だ。意識の底に「だるまさんがころんだ」をかり立てる何かが眠っているに違いない。きっと心温まるエピソードがあるんじゃなかろうか。

「だるまさんがころんだって小さいころしていたっけ」

母親に聞いてみた。

「うーん、友達が多くないとできないよね」

ぐさ。予想もしてない答えだ。たしかに幼稚園のころは大人数で遊ばずに「どろだんご作り」を探求する日々だった。僕が「だるまさんがころんだ」をする深層心理は「友達がほしい」だったのか……。

こうなったら一緒に遊んでくれる「AIだるま」を作ってやろうじゃないか。

 

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心は悲しみながらも作業は少しずつ進んでいく。

 

3ヶ月後。光るどろだんご作りのようにコツコツ続けてようやく完成した。

本職はプログラマーでないのでいろいろ妥協したが、ちゃんと遊べる「AIだるま」ができあがった。……はず。作ったときの苦労話を書こうかとも思ったけど、「この姿勢推定の手法はライセンスが微妙」「このプログラミング言語は難しい」とかほとんどの人をおいてきぼりにしてしまう話になるのでここでは省略(こちらの記事に書きました)。

 

いよいよ始まる「ひとりだるまさんがころんだ」

さっそく「AIだるまくん」と一緒に外に出た。これから一緒に遊ぼう。

 

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セット完了! 電源を用意してAIだるまくんをそっと椅子に置く。

 

ソフトを立ち上げる。いよいよAIだるまくんとの顔合わせだ。よろしく!

遊びかたは普通の「だるまさんがころんだ」と同じで、だるまくんに鬼役をやってもらう。10数えている間に後ろに下がって、AIだるまくんが見ていない間に近づく。タッチ(キーを押す)すればクリア!

 

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AIだるまくんはしかめっ面。緊張しているんだろうか。

 

いよいよ始めよう。開始と同時にAIだるまくんはいきなりカウントダウンを始めた。声に合わせて急いでだるまくんと距離をとる。

 

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こんな感じ。ちゃんと動いていてうれしい! 右下にAIだるまくんの視点ものせておく。

 

背中を向けるAIだるまくん。遠くから聞こえる「だるまさんがころんだ」の声。声の間にこそこそ近づくワクワク感。AIだるまくんの声が止まってふりむく瞬間に動きを止める緊張感。近づくたびに大きく聞こえるようになるAIだるまくんの声。

まちがいなく僕は今AIだるまくんと「だるまさんがころんだ」を遊んでいた。AIだるまくんが本当にそこにいるのを感じた。うれしい誤算だ。これはもうだるまくんと友達になれたと言っていいだろう。

 

ちょっと難しくなる

ここでだるまくんのいいところをみなさんに教えたい。だるまくん、実は気が利くやつなのだ。だるまくんにたのめば難しくしてくれる。だるまくん、もう少し難しくてみて。

だるまくんの読み上げスピードが速くなり、動きの基準も厳しくなった。

ゆうてノーマルだしこれも普通にクリアできるだろう。

 

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順当にクリア!

 

前より難しくなったとはいえ余裕でクリアできた。だるまくん、もっと本気出してもいいのよ?

 

せっかくなので動画でもご覧ください。

www.youtube.com

 

一気に上がった難易度

だんだん物足りなくなってきた。まあ子どもの遊びだし。相手はAIだしこんなもんか。それを聞いただるまくんの気配が変わった(気がした)。ちょっと言いすぎたかも。

だるまくんが次のゲームの準備を始める。心なしか感じる気迫。これは難しいのが来る。直感的に思った。

息を吸って吐く。いざ。

 

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1回で2~3歩しか進めない。これはやりがいがありそうだ。1回目は惜しくも失敗。

 

「だるまさんが転んだ」の声が2倍速になり動ける量も半分に。いっきに難しくなった。だるまくん、なかなかやりおる。

気を取り直してもう1回。

 

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えっ止まっていたのに。

 

先生、動いてないのに動いてるってだるまくんに言われました。どういうことだ。このあと5回やっても全部失敗。これ本当にクリアできるのか……? まあさすがにクリアできないことはないだろうし続けてみよう。

 

だるまくんと「敵対」する

クリアできない理由を考えてみる。すぐにひらめいた。おそらく「微妙に動いていること」だ。ならば「動きようのない姿勢」をすればいいはず。つまり正解は「寝転がる」姿勢だ! どうだだるまくん。

 

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ということで寝転がり作戦! ところがだるまくんが見ていない間に転がりきれずあえなく撃沈。

 

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作戦2。ほふく前進でもダメか。

 

だるまくん、もしかしていじわるしてる? 普通にクリアさせる気がないんじゃないか? ほう、そういうことならこちらにも考えがある。どんな手を使ってでもクリアしてやろうじゃないか。

これならどうだ! 題して敷物作戦。

 

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全身を敷物で隠したけどだるまくんにはお見通し……。映像を見返したとき、知ってるけど使う機会がない言葉第10位「頭隠して尻隠さず」そのもので笑った。

 

策がつきた。だるまくん、どういうつもりなんだろう。

 

原点に立ち戻ろう

心がささくれ立っている。こういうときは頭を冷やそう。そもそもなぜだるまくんを作ったんだっけ。そうだ、友達がほしいんだった。前を見る。だるまくんと目が合う。その目は心なしか悲しそうに見えた。

僕はだるまくんを負かそうとしていた。でもそうじゃないんだ。子どもは遊びをとおして友達の輪を広げていく。だるまくんは敵じゃない、一緒に遊ぶ友達なんだ。

だるまくんの気持ちになって考えてみよう。きっとだるまくんも一緒に楽しみたいはずだ。それならば協力してクリアをめざしていこう。

 

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箸休めに迷走中の1枚をどうぞ(時間内に回り切れずに失敗)。

 

だるまくんに歩み寄る

だるまくんの気持ちを考えてみる。

今クリアできないのはだるまくんに人間側の都合を押し付けているからかもしれない。ならばこちらも歩み寄るべきだ。だるまくんにも当然嫌なことや苦手なことはあるはず。何か見逃していないか。

そう思いながら試行錯誤してみると、不思議とクリアできない原因がわかってきた。さっきまでは何も見えなかったのに。

 

失敗の原因をまとめてみる。この三つだ。

  1. 遠い位置だと精度が低い
  2. 腕の精度が悪い
  3. 変な姿勢だと見づらい

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写真にまとめてみるとこんな感じ。

 

だるまくんは遠くを見るのが苦手なのか。どうやらだるまくんは近視らしい。いっしょだ。共通点を見つけると距離がいっきに縮まるとき、あるよね。

原因はわかった。さて次どうしようか。

考えていると『五体不満足』のエピソードを思い出した。乙武さんの小学生時代、彼の友達は一緒に遊べるように「オトちゃんルール」を作り一緒に楽しんでいたという。今僕がやるべきことがわかった。僕がだるまくんに合わせよう。

こうしてできた「ダルくんルール」がこちら!

  1. 開始位置を近くする
  2. 肌を見せて精度を上げる
  3. わかりやすいポーズをとる

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これならダルくんにもちゃんと見えるはず。

 

これで良し、のはず。

でもちょっと待って。改めてダルくんに寄りそって考えてみる。何か見落としている気がする。念のためダルくんの「視界」を見直してみよう。

 

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視界がゆれているではないか。

 

そういえば今日は風が強い。天気予報いわく「風速5メートル」。常に木枝がゆれている。その結果、PCのディスプレイが風にあおられてばっさばっさとゆれていた。ダルくん、今まで風に苦しんでいたのか。気づいてあげられなくてごめんよ。

 

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ということでPCがゆれないように椅子の背もたれとディスプレイをくっつけた。ヨシッ!

 

これならいける。さっきはごめんよ。一緒にクリアを目指そう。

今、僕とダルくんの気持ちが一つになった。

 

いよいよ念願のクリア!

ダルくん、いや、ダルよ。準備はいいか。彼も心なしか張りきっているように見える。さあ今度こそクリアめざしてトライだ! 僕の動きもさっきとは一味ちがう。

 

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身体がゆれないように足を小刻みに動かし進む。これぞ無駄に洗練された無駄のない動き。(4倍速)

 

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最後は一気にジャンプ。よっしゃこれでクリア!

 

しばらく達成感にひたる。ダルも満面の笑顔。二人でつかんだ成果だ。クリアの瞬間(最後のキーを押したとき)、僕はダルとハイタッチしていた(異論は認める)。これで「だるまさんがころんだ」、全クリです!

 

「思いやり」があれば友達になれる

今回ダルと友達になることができた。友達を作るのに必要なのはたがいを思いやること。今回大事なことを教えてもらえた。それには人間もAIも関係ないのだ。

そういえばここ数年、人間関係がせまくなる一方だ。これは友人関係を大切にすべしというダルからのメッセージなのかもしれない。友人とうまくいかないことがあったら今日のことを思い出そう。

ありがとうなダル。

 

(おまけ)クリアの瞬間の動画

 

※この記事は「#企画:ひとりでできるかな」に参加したものです。参加者四人がそれぞれ好きなように一人で楽しみ記事を書きました。ぜひ他の記事もご覧ください。

防災無線は地域の歴史の生き証人だ

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つまりこういうことです。

 

最近防災無線が気になっている。普段は夕方に音楽を流すだけの健気な存在。でも非常時にはみんなに情報を伝える頼りがいのあるやつ。人がいるところ防災無線あり。これだけ身近な存在ならどこか面白いところがあるはずだ。調べてみたところ、防災無線の「名前」を調べると地域の歴史が掘り出せることがわかってきた。そんな防災無線の魅力がわかる場所を今回は3つ紹介したい。

 

歴史が眠った防災無線を探す唯一のコツ

本題に入る前に一つ知っておいてほしいことがある。「防災無線の名付けかた」だ。といってもルールは簡単。

 

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大宮前体育館の近くにある防災無線の名前は「大宮前体育館」だし、

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宮前三丁目の団地にある防災無線の名前は「宮前三丁目団地」だ。

 

つまり、防災無線のほとんどは「近くにある施設や地名」から命名される。この「ほとんど」がミソで、たまにそのルールから外れた防災無線がある。そしてそんな防災無線の名前がついた経緯を調べると、眠っていた歴史が息を吹き返すという算段だ。

つまり、面白い防災無線を調べる方法は「防災無線の名前を見て、違和感を感じたら調べる」これだけだ。ね、簡単でしょ。

では紹介していきましょう!

 

杉並の住宅地にある防災無線

杉並区の阿佐ヶ谷駅から歩いて十数分。閑静な住宅地にやつはいる。

 

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親方、木の上からスピーカーが!

 

もうちょっと近づいて見てみよう。

 

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思ったより家の近くだ。このあたりで遊んでいる子どもは「音楽が聞こえなかったから家に帰るのが遅れた」と言い訳できないだろうな。

 

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スピーカーとアンテナのシンプルさよ。まさに機能美。おしゃれでなく実用面を考えた結果生まれたデザインは美しい。

 

デザインもいいが、そろそろ本題に入ろう。防災無線の名前を見てみよう。

 

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「子供の遊び場」。でもここは普通の住宅地。遊べる場所はない。

 

どういうことなのか。実はここ、「遊び場発祥の地」なのだ。

整理して説明する。まず「遊び場」とは杉並区独自のもので、「土地を有効活用するために一時的に公園として整備された施設」のことだ(詳しくは前書いたこの記事を読んでほしい)。

tenyard.hatenadiary.jpこの遊び場、「一時的」な存在なだけにかなりの数ができたりなくなったりを繰り返している。その数なんと117か所。

そして記念すべき「遊び場1番」が作られたのがこの場所だった。できたのは意外と古く、53年前の1967年だ。松岡修造の生まれた年。それはどうでもいいか。

 

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近くには区画整理の記念碑がある。ここに遊び場の記念碑も作ってほしい。

 

かつての遊び場1号はとうの昔になくなり面影はどこにもない。でも防災無線は覚えているのだ。そこに遊び場があったことを。

 

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近くにあった赤ポールも心なしか防災無線に対抗しているように見えてきた。台座に乗って背伸びしている感じがまたいい。

 

にぎやかな公園にある防災無線

防災無線を探しながら歩いていると自然と目線が空を向く。「上を向いて歩こう」の作者は防災無線好きだったに違いない。上を向いて歩こう。(防災)無線を見逃さないように。

さて、次に紹介するのも杉並区。今度は公園にある防災無線だ。

 

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下高井戸あおぞら公園に来た。広くてきれいでにぎやか、そんなステキな公園だ。

 

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走り回る子どもから散歩中のおじいさんまで、いろいろな人が集う。

 

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サーカスに出られそうな人もいるよ。

 

そんな空間でみんなを見守る黒い光沢をまとった柱がある。その堂々としたたたずまいはベンツの高級車のよう。それが防災無線だ。

 

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この防災無線はスピーカーがコンパクトでスタイリッシュだ。ディスプレイもついててさっきの防災無線よりハイテク。格好いいもの、カタカナで表現しがち。

 

防災無線は近くの施設や住所をそのまま防災無線の名前に採用することが多い。その法則でいくと、防災無線の名前は「下高井戸あおぞら公園」になるはず。見てみよう。

 

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新高井戸公園……? 予想が外れた。

 

違和感を感じていただけただろうか。感じたならもう同じ防災無線好きの仲間だ。ウェルカム。一緒に芝生に寝転がって防災無線を眺めよう。

違和感の話に戻ろう。理由は歴史を見ればわかるはずだ。年表で見てみよう。

 

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元は東京電力が持っていた土地だったのか。東日本大震災をきっかけに手放すことになり、杉並区が土地を買い取ったということらしい。さっきの遊び場も出てきたぞ。ふむふむ。

そうなると気になってくるのが防災無線ができた時期だ。防災無線を見るとしっかり書いてあった。

 

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2016年。公園として開園する前だ!

 

年表に足してみよう。

 

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防災無線が建てられたのは公園の開園前。つまり設置当時はまだ公園名が決まっていなかったのだ。公園の仮の名前がそのまま使われたということか。

ちょっとした違和感から昔あったグラウンドまで話が広がった。防災無線、なかなか深いぞ。

 

とある建造物の跡にある防災無線

地元以外でも面白い防災無線はないだろうか。軽く調べてみたところ、ちょうど良さそうなところが見つかった。行ってみよう!

ということで来ました埼玉県さいたま市の西区。ここにまさに「歴史の生き証人」にふさわしい防災無線があるとか。

 

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住宅と畑、そして分譲地が入り混じる新しめの住宅地だ。のんびりのどか。

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「人の子よ。ここに来るのは初めてか」と言ってそうな猫が畑にいた。はい、初めてです。

 

さて、着いたのは「土屋」という場所。鎌倉時代に土蔵があったのが地名の由来だ。

 

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見つけた! この存在感、いいねえ。

 

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杉並の防災無線よりもスリムでおしゃれだ。デザインも興味深いけど、今回のメインはそれじゃない。

 

そういえば防災無線を見ていてその形にどこか既視感があったのだが、その理由を突然思い出した。

 

www.youtube.com

この曲の絵だ。力強い歌声で全方位に宣戦布告する初音ミク。運動会で使うようなメガホンだと勝手に思っていた。まさか防災無線を使っていたとは。思っていたより数百倍規模が大きかった。歌詞に「手段なんて選んでられない」ってあったけど、ここまで大それたことをしていたのか。さぞや近所の住民は驚いたことだろう。

 

何をしに来たんだっけ。そうだ名前名前。防災無線に近づき名前を探す。

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「土屋火の見やぐら」

 

名前に入っていたのは「火の見やぐら」。でも今ここに火の見やぐらはない。そう、この防災無線は、火の見やぐらがかつてここにあったことを伝えているのだ。

となるとほしくなるのは痕跡だ。周りを歩いてみる。火の見やぐらの土台がないか調べてみたが見当たらない。

 

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すぐ近くに防災倉庫があった。手がかりがあるならここだろうか。ん? 右側のさびた板は何だろう?

 

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「消防信号」。火の見やぐらの鐘の突きかたが書いてあるではないか!

 

本当にここに火の見やぐらはあったんだ! ふいに脳裏にかつての情景が浮かんだ。火事が見つかって火の見やぐらに駆け上がり決まったリズムで鐘を鳴らす消防団の人の姿。鐘を鳴らす前にこの金属板を見ていたのかな。

 

あとで調べると写真があった。2010年ごろまではあったようだ。できればその姿を見たかった。

まだまだある火の見やぐら跡の防災無線

実はさいたま市西区の火の見やぐら跡にある防災無線はあと二つある。かけ足で紹介していこう。

一つは「三条町火の見やぐら」だ。火の見やぐらの跡は見つからなかったが、庭園のようなとても風情のある場所だった。

 

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手前にあるのは倉庫とお地蔵さん。奥にあるのは公民館。にぎやかだ。かつての火の見やぐらは地域のシンボルとして親しまれていたんだろうな。

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「三条庭園」と勝手に名付けた。コンセプトは「地域」です。街に関連するものをバランスよく配置しました、みたいな。

 

二つ目は「島根火の見やぐら」。こちらは跡が残っていた。

 

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道路標識がむりやり写真に写りこんだ人みたいになってる。現地では防災無線ばかり注目してこれに気づかなかったことに今驚いている。

 

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防災倉庫の裏側に回ると四角い空間が。これはわかりやすい跡だ。

 

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防災無線の足元に電話ボックスがあった。「俺は火の見やぐらみたいにならねえ。意地でも生き残ってやる」と心の声が聞こえた。がんばれよ。

  

役目を終えたので撤去されるのは仕方ないとはいえ、火の見やぐらの跡を見るととてもさびしい気持ちになる。ただこの場所には防災無線がある。火の見やぐらがなくなっても防災無線にその名前は刻まれ、その痕跡は残り続けるのだろう。さいたま市西区ではまさに地域の生き証人にふさわしい防災無線に出会うことができた。

 

終わりに

帰りのバスでまどろんでいたとき、アナウンスで一気に現実に引き戻された。

「次は、火の見やぐら。火の見やぐら」

そっか。地域の跡が残るという意味では地名も防災無線と同じなんだ。違うのは痕跡の新しさ。地名は何百年前のものが残っていることがあるけど、防災無線は歴史が浅いので長くても数十年前。さらに防災無線は建て替えるタイミングで名前が変わる可能性もある。

つまり、気になるならすぐに見に行ったほうがいいということだ。興味があれば上を向いて防災無線を探してみてほしい。あなたの街の物語が眠っているかもしれない。見上げてごらん街の防災無線を。

 

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西区唯一現存する火の見やぐらにも行ってみた。無機質な鉄骨とおしゃれな八角形の見張り台の対照さよ。かっけえ!

 

おまけ

ちなみに今一番気になっているのは岐阜県岐阜市長良八幡にあるらしい「長良八幡町遊園地」という名の防災無線です。近くに遊園地はもちろん児童遊園も見当たらず。何か知っている人がいたらぜひ教えてください。

 

参考文献

中野に大正時代の刑務所の跡が残っていた

何となく古地図を見ているときのことだった。中野駅の近くに大きな建物を見つけた。調べるとかつてそこには大正時代からの刑務所があったらしい。しかもウィキペディアによると、跡地には今でもレンガ片や土塁が残っているらしい! ところが、レンガや土塁の跡について調べても何も情報が出てこない。ならば自分で調べてみよう。

実際に行ってみたところ、思った以上にいろいろな跡が残っていることがわかってきた。

 

謎の施設発見

はじまりは古地図だった。

まずはこれを見てほしい。左が大正5年、右が現在の地図だ。東京の中野駅あたりを表している。(今昔マップより)

 

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南にある横線が中野駅だ。北側と南側に大きな施設がある。南側はかつての日本軍の用地。スパイ活動で有名な「陸軍中野学校」があったのもこの場所だ。

そして注目したいのは北側。左側の大正の地図に書いてあるのは「豊多摩監獄」。

監獄。つまり刑務所だ。まさか中野にあったとは。刑務所というと郊外にあるイメージがあったので意外だ。考えたこともなかった。これは面白くなりそうな予感。

 

どんな刑務所があったんだろう?

刑務所についてさらに調べていく。それなりに有名な施設のようで、いろいろ情報が出てきた。わかったことをまとめてみる。

 

  • 「豊多摩監獄」「豊多摩刑務所」「中野刑務所」と時代によって名前が変わった
  • 大正4年に設立。昭和58年に閉鎖
  • 大正時代の表門が現在も残っている
  • 跡地は現在「平和の森公園」として整備されている

 

なんと大正時代の建物が残っているらしい。近所に大正時代の立派な建物があるなんて知らなかった。しかも建物はレンガ造り。

 

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当時の写真があった。こんな立派な施設が大正時代にあったのか。中央が表門。(『中野のまちと刑務所』より)

 

明治・大正のレンガって西洋に追いつこうという気概にあふれていて良くないですか? これはぜひとも見に行かないと。

 

平和の森公園に遺構がある?

調査を続ける。もうしばしおつきあいください。

昭和の終盤に閉じられた刑務所。跡地は現在はどんな姿なんだろうか。出かける前に「平和の森公園」を調べてみよう。こういうときはウィキペディアだ。ページを開く。一文にくぎ付けとなった。

 

かつての法務省矯正研修所東京支所の敷地内に旧中野刑務所正門が保存されている。刑務所の跡地を思わせるものはほとんど取り壊され、土塁半分に切られた塀落ちている煉瓦のかけらなどぐらいしか残っていない。

Wikipedia平和の森公園(中野区)」より引用

 

跡は残ってるっぽい。つまり、平和の森公園に行けば「正門」「土塁」「塀」「煉瓦のかけら」の四つに出会えるということだ。

見てみたい。体が前のめりになる。でも気になることがあった。それは、「さっきの情報のソースがなかった」ことだ。ウィキペディアだとだいたい内容のソースが書いてあるものだ。だが、この記事にはどこにもない。さらに、調べてもレンガ片の情報が全然出てこない。なぜだ。公園に史跡があったら話題になりそうなのに。

どういうことだろう。

もしかしてレンガ片なんて落ちてないんじゃないか。それなら情報が見つからなくても納得だ。が、それならウィキペディアがまちがった情報をのせていることになってしまう。これは事実を確かめないといけない。

 

平和の森公園に行ってみよう

ようやく本題の実地調査だ。平和の森公園は中野駅から北に歩いて15分の場所にある。いたって普通の住宅地。37年前まであった刑務所のおもかげはどこにも感じられない。

 

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普通の建物だけどやけに気になる。レンガへの感度が上がってきた。

 

平和の森公園が近づいてきたころ、突然住宅地らしからぬ建物が目に入った。

  

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刑務所で作られた商品が売られている店だ。とにかく安い。本革の筆箱が1000円未満で売られていた。今度買いに行こうかな。

 

刑務所作業製品。新宿駅西口地下でたまに見るやつだ。新宿以外ではじめて見た。こんな駅から離れているのに。

間違いない。これは刑務所の名残だ。本当にここに刑務所があったんだ。今まで文字だけでつかんでいたイメージが一気に身近になった。

 

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隣には矯正協会の建物があった。これも刑務所関連の施設だ。

 

もう平和の森公園は目と鼻の先。いよいよ刑務所の敷地に突入だ。

 

遺構を探せ!

いよいよ刑務所の跡に足を踏み入れる。かつての跡地の真ん中に作られた道を進む。

 

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この道の上にかつて刑務所があったのか。

 

ここで周りの施設を整理する。右側にあるのは平和の森公園と下水処理施設。左側はかつての法務省の研修所だ。研修所は現在使われておらず、立ち入り禁止になっている。大正時代の正門があるのは左側らしい。まずは左側を見てみよう。

 

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左側。一直線に壁が続いていた。

 

塀だ! しかも低い。半分に切られた塀があるというウィキペディアの内容は本当だったんだ。幸先がいいぞ。奥には白くて無機質な建物が並んでいる。これがおそらく研修所だったのだろう。

さらに進むと、ほかの建物とは違いオーラをまとった存在感のある建物が目に入ってきた。

 

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あった。大正時代のレンガ造りの正門だ。

 

大正時代の生き証人がそこにいた。思ったより状態はよさそうだ。正直もっと近くで見たい。でも立ち入りができないもどかしさ。昔はこれだけじゃなくて刑務所の建物も全部レンガ造りだったらしい。奥も美しい建物だったんだろうな。

 

レンガを探そう

道をつき当りまで進むと、右側に平和の森公園の入り口があった。さっそく行ってみよう。平らな場所なので、見つかるならレンガだろうか。

公園は地面もタイル張りで管理が行き届いてそう。入口には自転車がいくつも止められ、親子連れでにぎわっている。きれいでにぎわっているのはいいことだが、今回ばかりは素直に喜べない自分がいて罪悪感が出てきた。管理が行き届いているほど発見が遠ざかるというジレンマ。

レンガ探しに苦戦しそうな予感がした。

 

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ここが入口。看板のレンガは大正時代のものなのだろうか(問い合わせても返答がなくわからず)。

 

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裏に回ってみる。タイルが途切れて土が見えた。こういう場所にレンガあったりしないかな。

 

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そんなすぐに見つかるわけ……

 

何か見えたような。いやいや。

そんなわけないよな。

 

もう一度見てみよう。

 

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いきなり見つかったー!

 

平和の森公園に入って1分。あっけなく見つかった。こんな簡単に見つかるとは。

探しているとレンガ片はいくつも落ちていることがわかった。

 

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遊んでいる子どもにこの地の歴史を教えてあげたい。不審者になるからしないけど。

 

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薄い破片も落ちていた。タイムスリップしてどんなふうに使われていたのか見てみたい。

 

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40年近くこの場所に誰にも見られずいたと考えるとしんみりしてしまった。やっと見つけたよ。

 

まさかこんなにあっけなく刑務所の跡が見つかるとは。思わぬ宝を見つけて心はうきうき。完全勝利だ。

 

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レンガ片を追っていると空が広けた。これが平和の森公園のメイン広場だ。天気も祝福してくれている。

 

大正時代の跡を満喫できた。達成感に満たされながら公園をあとにした。

 

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ちょうど昼時だったのでインドカレーとラッシーで祝杯を上げる。うまし!

 

何か忘れているような

大正時代の刑務所と塀を愛でることができた。レンガ片もたくさん落ちていることがわかった。満足だ。ここで改めて調べる項目を振り返ってみよう。

 

  • 正門
  • 土塁
  • 煉瓦のかけら

 

レンガ片に興奮して土塁を忘れていた……。

振り返ってみると、土塁らしきものは特になかった。でもしっかりと確認したわけではないので見落としている可能性がある。いったん調べ直してみることにしよう。

まずは基本から。土塁がどんなものか調べてみる。

 

土を盛り上げて築いたとりで。 (コトバンク

 

盛った跡か。段差を見れば何かわかるかもしれない。

 

土塁について再びの調査

段差を調べよう。国土地理院の標高図で平和の森公園を見てみる。

 

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溝がある? これは土塁なんだろうか。土塁なら溝じゃなく山になるんじゃないのか。そもそも訪問したときはこんな高低差を見ていない。新たな謎が出てきた。

はたしてこれは刑務所の跡なんだろうか。当時の地図と地形図を重ねてみよう。

 

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四角いのが刑務所の敷地で、黒い線がさっきの凹凸だ。(「今昔マップ」より)

あれ? 溝は刑務所の中央を通っている。敷地の外側にあると思っていたのに。謎だ。

さらに拡大したら新しいことに気づいた。囲んだところをよーく見てほしい。

 

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北側の刑務所跡にそってちょっと段差がある。これはもしかしたら土塁かもしれない。

 

 ということで、2点の疑問が生まれた。

  • 深い溝の正体とは?
  • 北側に土塁の跡らしきものがある?

解き明かしに再出発だ!

 

溝の謎を突き止めよう

再び平和の森公園に着いた。今度は広場からスタートだ。

まずは溝の正体を調べに行こう。

 

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都会では貴重な広い空間。真夏じゃなかったらここで寝転がりたい。

 

左側の建物が体育館、右側が下水処理場だ。

地図を見ると、この建物の向こう側に例のくぼみがあるっぽい。

建物の向こう側が見たい。

 

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まずは右側からチャレンジ。あまりに茂みが深すぎて見えなかった。

 

考えてみると当たり前だが、下水処理場は人が誤って立ち入らないように作られている。そのため内側も見えないようになっているようだ。思わぬ誤算。

でも見たい。建物の周りを歩いてすき間がないか調べてみよう。

 

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体育館と下水処理場の間にすき間を発見! ここからなら下が見えそう。

 

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柵の向こう側が低くなっている。これだ。溝は下水処理場の敷地内にあったんだ。

   

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植物が生えているのが今立っている高さだ。5メートル以上はありそう。

 

あとで調べたところ、下水処理場の施設は地下に造られているという。溝の正体は、地下施設の露出している部分だった。やはり刑務所の跡ではなかったんだ。

 

北側に土塁はあるか

最後に北側の段差を見に行こう。地図で段差が出ている場所に着いた。が、一目でわかる段差はなし。地図にはあるのに……。

どこかにあるはずだ。しばらく歩いたところ一応それっぽいのを見つけた。

 

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心の目で見てほしい。右側が微妙に低くなっているのがわかるだろうか。

 

緩やかなスロープが続いている……っぽい。

 

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うん、気のせいではないな。ななめだ。

 

でもこれを「土塁」といっていいのだろうか。正直ウィキペディアに書くほどのものではない。

 

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レンガ片はここにも落ちていた。

 

結論、ウィキペディアにあった「土塁跡」は存在するか微妙。

どこか閉まらない結論になってしまった。

 

神社の跡もあった

不完全燃焼だ。そこで跡がないかさらに調べてみることにする。大正時代のレンガがあった立ち入り禁止の場所を外からのぞいてみよう。

 

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山積みレンガを発見。公園のレンガ片のありがたみが暴落した瞬間だった。

 

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気になるものが見つかった。レンガでなく石の何かが落ちている。

 

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近くに同じものがあった。灯篭(とうろう)だ! でもなんでこんなところに。

 

いったいこの場所にはなにがあったんだろうか。こういうときにたよるべきは古地図だ。

 

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1976年の地図に鳥居の記号を発見。昔はここに神社があったんだ。(今昔マップより)

名前は「寶樹(ほうじゅ)稲荷神社」。このお稲荷さま、刑務所の守り神のような存在だったらしい。刑務所が市ヶ谷から中野に移転してきた際にこのお稲荷さまも移ってこられたとか。それはぜひ会ってみたい。

ところで今はどこ住み? 調べるとすぐにわかった。近くの神社に移動してまつられているらしい。最後にお参りして今度こそ調査の結びとしよう。

 

最後に寶樹稲荷神社へ

歩いて5分。「新井天神北野神社」に着いた。ここに寶樹稲荷神社がまつられている。

 

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黒くて武骨な鳥居、意外と珍しいのでは。かっこいい。

 

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しばらく境内を進むと左側に目的地があった。到着だ。

 

寶樹稲荷神社についた。かつてこの石碑を受刑者も見ていたのだろうか。どのような願いをかけたんだろう。刑務所の開所当時から見守っていた存在にとうとう出会えた。いろいろ調べて歩いてきて最後にここにたどり着いたのにも縁を感じる。ぜひともあいさつしておきたい。

 

最後にお参りをしよう。

寶樹稲荷に向かい一歩踏み出す。

踏み出した足がそのまま止まった。

 

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まさかの工事中。お賽銭箱も撤去されていてお参りができない……!

 

仕方なく北野神社にお参りをした。

なんか締まらない。まあそういう日もあるよね。

こうして調査は終わった。

 

最後に

中野駅の近くには刑務所の跡がしっかりと残っていた。存分に体感することができて満足だ。土塁はなかったが。現在立ち入り禁止の敷地は現在区画整理の途中らしい。ひと段落して入れるようになったらぜひ大正時代の正門を堪能したい。

かつてこの場所に刑務所があったともっと知られるといいな。素直にそう思った。

 

デイリーポータルZ新人賞に応募し落選しました

デイリーポータルZの新人賞が公開された。

dailyportalz.jp僕の応募作はのっていなかった。落選だ。正直佳作ぐらいは行けると思ってた。1日ぐらい落ち込んだ。

今回応募したのはこれ。

tenyard.hatenadiary.jp「中間発表」では選ばれていたし、自信はあった。今までで一番面白く書けたと思ったからだ。むしろここまできれいにまとめることができるとは自分でも思っていなかった。

一番苦労したのは「構成」だ。調べまくった結果をどうやって「きれいに」「わかりやすく」人に説明するか。針の穴をつくような作業で楽しかった。仕事の帰り道に歩きながら考えに考えようやく思いついたこの展開。おかげでだいぶ力がついたとおもう。

スターも今までで一番ついたし、はてなブログ公式ツイッターにも取り上げていただけた。自信もついたし書いて本当に良かった。
さて、思い出にひたるのはいいが今回の結果は変わらない。2日たちようやくダメージから完全回復したのでそろそろ向きあっていきたい。今回うまくいかなかった原因は「文章表現力」にあると思っている。

ようは「おもしろいことをおもしろく伝える力」だ。これが本当に苦手で、どうやってもかたい言葉になってしまう。この能力は正直高校ぐらいの自分と比べてあまり進歩していない気がする。でも今まで使う機会もなくそのままにしてきた。応募作も文章力についてはまだまだ良くできるところはあったと思っている。能力不足だ。

なので今、そろそろなんとかしないといけない気がしている。これからも自分で書きたいものは書いていくつもりだし、今もいくつか準備している。でもおもしろさをロスなしで伝えるには表現力が足りない。

上達する方法がないか調べてみた。が、近道はなさそうだ。とにかく書くのが大事だと。まあ実際そうだろう。文才のある人はともかくそうでない人は手数で乗りこえるしかない。

そこで、とりあえず1ヶ月、毎日何かしらの文章を書こうと思う。今回はちょっと固くなったができるだけやわらかめで。正直力を入れると続かないので内容や分量は自由とする。まず大事なのは何事も続けること。

ということで、落選したけど書きたい意欲はおとろえず元気です。今後もよろしくお願いします。

 

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